になる、という事は、ただ単に子供を産むとか言う事ではないのかも知れない

たとえ子供を持てなくても、母になりたい、と願い、自分の人生と向き合った瞬間から
その人も紛れもなく、母親の心になっているのだと思う。


あのときの私は、子供を持ってはいないけれど、母じゃないと言われたら、
耐えられなかったでしょう。

その逆に、たとえ子供を産んでも、子供の心を無視した 生き方をしたり 命を奪うような事を
したなら 母親とは言えないのですよね。

慣れない主婦業と仕事で必死になっていた頃。 授かった命に、喜んだのもつかの間、
ある日鈍痛が・・・


それでも仕事は休めず無理をして・・その晩出血し 病院へ行った時には「切迫流産」と言われ
「とにかく安静に、助かることもありますから」と。そのまま入院することになりました。

お腹の痛みが、まだ見ぬわが子の悲鳴のように感じ、母親失格の自分を責めて泣きました


「忙しいくらいでは流産はしませんよ、根本的な問題があったのかも知れないし良くあることなんですよ。」と説明してくださる言葉も、わたしの耳には入りませんでした。


結局、助からず、処置を受けることになり、分娩室へ。・・

婦長さんに背中を抱かれ歩きながら「ここで産むはずだったのに、なんでこんなことに・・
何故私だけ?・・」
と言葉もない私に、麻酔の支度をしながら、先生がつぶやいた言葉は


あなたは、子供が出来ると判っただけでも良かったね希望が持てるからね、
うちに来る患者さんの半分は
子供が出来なくて、苦しんでいる人なのだから。」


・・・その言葉を聞きながら、待合室で幸せそうに話す妊婦さんの横で その人達は
どんな想いで座っていたのかな
、と切なくなった。


数日前までの私と、今の私とでは、お腹の大きな人を見る気持ちが全く違うように、
自分の置かれている状況しか見えなくなってしまうと、人の悲しみや喜びを思いやる気持ちがおろそかになるのかもしれない・・と思った。

自分だけ苦しいわけじゃ無いのだ、と、なぜか静かな気持ちになり、目を閉じました

ごめんね、赤ちゃん。ごめんなさい、苦しんでいるたくさんの人達。

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部屋に戻った私は、どうしようもない喪失感で、食事もとらず、眠る事も出来ません。

すると、婦長さんが病室に来てくださって、まるで独り言のように話してくれました。

「私もね、流産したことがあるのよ、2回もね。
昔だから、後の処置が悪かったのかな、・・それきり子供は出来なかったのよ。

 こうして助産婦として、人様の赤ちゃんをたくさん抱かせていただいてきたけれど
とうとう自分の子供はこの手に抱くことが出来なかったのよ。

 抱いてみたかったわね・・どんなにか可愛いのでしょうね。

あなたは若いし、きっとお母さんになれるのだから。
ちゃんと体を治しなさい。・・いつまでもめそめそしないのよ。
 
お母さんになるんでしょ」・
・・。


この人は、どんな思いでたくさんの赤ちゃんをとりあげてきたのだろう

どれほど泣いたことだろう・・・

そう思うと、私の哀しみは、ふっと羽が生えたみたいに軽くなりました。

悲しみを代わってもらう事はできないけれど、そっと一緒に持っていただいたような感覚でした。


「今度はちゃんと産みたいです、そしたら、婦長さんがとりあげてくださいね」と私が言うと、

「ええ、ご縁があったらね、お手伝いさせていただきますよ」と笑って部屋を出て行かれました


・・次の朝には、また、怖い婦長さんに戻っていました

お産で入院してきた若いママに
「ほら!あなたが頑張らなきゃ! ちゃんと歩いて!お母さんになるんでしょ!」


「お母さんになるんでしょ」・・この言葉に込められた想い、忘れずにいよう、と思いました。


その後私は同じ病院で娘を産みましたが・・・その日とりあげてくれたのは別の人でした・・・・
ドラマみたいな展開ばかりじゃないのです! 現実は(笑)。

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初めての妊娠